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『LOVE書店!』。
『LOVE書店!』は、
今日、本屋さんで見つけたフリーペーパーです。

『ラーメンズ片桐仁と行く、書店員フェチ探訪』。い〜じゃない?
初回から「くだらなそう」な匂いむんむんだけど、
このコーナーに片桐仁を選んだ理由もよくわからないんだけど、
そこがい〜んだ、仁ちゃんは。
くだらなくない仁ちゃんなんて仁ちゃんじゃないのだ。

こういう紙モノって、すぐゴミになっちゃうと思いながら、
な〜んかつい持って帰ってきちゃうなあ。
| 御本は素敵。 | 22:48 | comments(1) | - |
伊丹十三、2冊。
女たちよ!
女たちよ!
伊丹 十三

ヨーロッパ退屈日記
ヨーロッパ退屈日記
伊丹 十三


伊丹十三、20代後半〜30代の著書。
……とは思えない素晴らしい老成ぶり。
そして、とても昭和40年代初版とは思えない新しさ。

多才な人というイメージは確かにあったけれど、
グラフィックデザインもやってたとは知りませんでした。
挿画もお見事です。

食、ファッション、マナー、音楽……。
何事につけ、「偽物」を許さないお方であったらしく、
高度成長期のニッポンに蔓延した「なんちゃって」なあれこれを、
とことん手厳しく、しかもユーモラスに、洒落た文章で批判しておいでです。

当時はまだ珍しかっただろう、
海外の食材やメニューも随分紹介されていますが、
たとえばスパゲティではなく、
「パスタ」という呼び名が当たり前になった今でも、
著者が紹介している「正しい食べ方」
(啜らず、音を立てず、きっちりフォークに美しく巻き切る)が
ちゃんとできる日本人がどれほどいるか(私は未だ出来ません)。
くすくす笑ったあとに、結構反省しちゃう本でもありました。



それにしても、改めて、久々に
「金と労力に余裕があったら、『洋酒天国』集めたいっ!」
と思っちゃいましたよ。
すんばらしい才能が集まってたPR誌だったんだなあ。溜め息。
| 御本は素敵。 | 23:07 | comments(0) | - |
『がんばらない』。
がんばらない
がんばらない
鎌田 実

このタイトルと、柔らかで素朴な題字から、
メンタルヘルス系生き方本とでもいいましょうか、
「あなたはあなたのままでいいんだよ」系の本だろう、
と思って手を取った………わけではなく。

「住民と共に作る医療」を実践している、
諏訪中央病院院長のエッセイだというのは聞いていました。
まあ、でも、メッセージとしては
前述の類いの本かなあ、とも何とな〜く思ってました。
何たってこのタイトルだし。

違いましたね。いい意味で裏切られました。
鎌田氏は、闘うお医者さんでした。
学生運動バリバリの方だったというだけでなく。
「がんばらない」は、「医者や病院の都合に合わせて」がんばることの拒否。
人に押し付けられた死に方に、がんばって従うことの拒否。
それから、「自然じゃないこと」を無理にやることへのNO。

「自分らしくあることを守れ。そのためにはとことん頑張ろう」
という本だと、私には思えました。楽しみながら頑張ろう、ですけど。

いろんな患者さんの、いろんな死に様が出てきました。
病院で亡くなった人、それこそ「畳の上で」死んだ人、いろいろですが、
どの人の場合も、その人らしい選択肢がなされていました。

私、基本的に闘病もの(こういう表現をするあたりに既に警戒心アリアリ)
はすごく苦手で、割とガードをがちがちに固めて観たり読んだりしがちです。
戻ってこれなくなっちゃうんで、用心してるわけで、
この本も、最初のうちはできるだけクールに読んでいました。
残念ながら途中から、まったくガード効かなくなりました。
でも、いい涙でした。幸せに泣けました。

それから、個人的には、
エリザベス・キューブラー・ロス博士の語った「死の受容」までの
プロセスについての記述が興味深かったです。
以前、博士の著書を読んでいたので、
「否認」「怒り」「取引き」「抑鬱」「受容」という流れについては
知っていました。
鎌田氏は、これについて
人間の心の変容は、ロスのいうような、ひとつのきれいな受容に向けての流れをつくることは少ないと思う。受容にいたっても、常に心の動揺はあるものだ。それが人間というものだ。

と書いていて、それに妙に納得し、安心した私です。
死というより、私の場合は、自分のビョーキに対してですけど、
しょっちゅう取引き〜受容の間を行ったり来たりしてまして、

ぬおおお、なんでネクスト・ステージに行かんねん、わしぃ〜!?

と一気に「怒り」に逆戻り、というのをやらかしていたりします。
そっか、ジグザグだったり、すごろくみたいに逆戻りしてもええもんなんか、
と勝手に解釈いたしました
(この本には、鬱系の話は一切出てこないんですけどね)。

でも、いちばん心に残ったのは、筆者が何度も訪れている
チェルノブイリの話です。汚染された森で生き続けている人々の話。
とても美しくて哀しいです。
| 御本は素敵。 | 21:44 | comments(2) | - |
『博士の愛した数式』。
博士の愛した数式
博士の愛した数式
小川 洋子

金曜日に、エリザベスさんが持ってたチケットのおかげで、
タダで映画のほうを二人で観た後、
速攻で映画館の隣りの喜○屋書店で買って、あっという間に読み終わりました。

現在数冊ある「息するのも嫌になったら読む本」コレクションの1冊に決定ですね
(他に「スポーツのごとく泣く」用、「ネジ外して笑う」用DVD/本コレクションあり)。

語り手が違ったり(映画では家政婦の息子ルート、原作は家政婦)、
野球にまつわるエピソードが違ったり、
映画では、博士の記憶保持の時間が短くなり始めてからのエピソードが省略されていたりと
映画と原作にはいくつか大きな違いがあるのですが、
それでも鑑賞後の気持ちにほとんど差がありません。
どっちのほうが好きかも選べない。選ぶ必要もない気がしています。

80分しか記憶のもたない、思い出が蓄積されることのない数学博士を中心とする、
博士と家政婦の「私」と息子のルートの過ごす時間は、
まるで儚いもののはずなのに、逆に真っすぐで、純粋で強い。
それはちょうど、博士が変わることのない愛を捧げ、家政婦と息子の二人に伝授する
数学の美しさと似ていて、すごく静かで幸せな気分をもらうことができました。

数の神秘と、人生や人間関係のあり方を
織りまぜて描いた小川洋子ってすご〜い。
でも、博士にとっては数学だったけれど、
人生を、心からの愛情をもって「何か」に捧げて生きてきた人には、
たぶん博士と同じように、その「何か」を通した世界観、
揺るがない真理や美しさが見えるもんなのだろうな、とも思えました。
というわけで、じゃあ私にとっては、その「何か」って何なのよ、と
翻って考えると、………。になってしまいもしたのですけれど。

ともあれ、私の誕生日(月も日も)と足のサイズは素数です。ちょっと嬉しい。
| 御本は素敵。 | 23:32 | comments(0) | - |
『妊娠カレンダー』。
妊娠カレンダー
妊娠カレンダー
小川 洋子

初めての小川洋子。
やっぱ今なら『博士の愛した数式』でしょ、
と思って買いに行ったのに、
もうすぐ映画公開で売れちゃったのか、そもそも入荷してないのかが微妙な、
うちの近所の微妙な規模のM脇書店。

表題作であり、芥川賞受賞作の『妊娠カレンダー』がなんといっても面白かったです。
長く精神病を患っている姉の妊娠発覚から出産までを、妹が日記に綴る形式。

つわりが終わって、猛烈な食欲を覚えている妊婦の姉に、
大量の農薬が撒布されていると意識しながら、
意図的に、毎日カリフォルニア産グレープフルーツでジャムをつくってやる妹。
待ち切れないとばかりに、出来たての熱々の、その農薬ジャムをスプーンですくって
毎日、満足気に平らげていく姉。

(新しい生命の誕生を喜んでいる様子は微塵もなく、
妊娠という自分の体に起きてる奇異な現象にヒステリー気味の)この姉を見て、
「あたしも妊娠向かんかもしれん。ま、んな心配すらせんでもえ〜状態じゃけど」
と思ってしまった、同じビョーキ持ちならではの、私の感想はさておいても。

死や、消毒薬、胸焼けを起こしそうな食べ物の臭い(彼女の描く食べ物は、
どれもこれもちっとも美味しそうには描かれない)なんかの描写が、
五感に訴えるどころか、体が絡めとられちゃいそう。
綺麗なんだけどね。怖かったです、やっぱり。
読後感はヒジョーに悪い。悪いんだけど、気に入りました。
| 御本は素敵。 | 15:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
江國香織。
06年は「似合わないもの」に手を出すことも目標にしようと決めて、
12月あたりからもう始めてた
「似合わないもの」への着手第1弾が江國香織を読むこと。
本なら似合わなくても、人に迷惑かけないし、やってる最中に恥かかないし、
途中でやめても安いし。


きっかけは、去年の秋取材した年上の素敵な女性が
「最近の本と、昔の本を交互に読むようにしてるのよ」と話してくださった
「最近の本」のなかに江國香織の著作があったからでした。

「まず第1作」として勧められた『冷静と情熱のあいだ』からスタート。
読後、その女性にお目にかかる機会があったので、
読んだ報告をしたら、「辻仁成のほうの、男と女じゃこうも違うの、ってのを
読まないと、あの世界はまだわからないわよ」と言われたのですが、
まだ手を出していません。「似合わないもの」どころか、
どっちかというと、かなり「食わず嫌い」なので、辻仁成。

「似合わないもの」の第何弾かには、いつかは読むかもしれないけど(消極的)。

以下、読んだ順番です。
いちばんの感想は「上手い」……だなあ。ほんとに。正しく上手い。
新しいのは読んでないし(文庫ばっかり)、まだまだいっぱい作品があるけど、
とりあえず、お腹いっぱいになったので、明日から別の作家のを読もうと思います。


冷静と情熱のあいだ?Rosso冷静と情熱のあいだ?Rosso江國 香織 by G-Tools

イタリアに行きたくなった。

流しのしたの骨流しのしたの骨江國 香織 by G-Tools

読んだなかではいちばん好き。ユニークで素敵な家族の物語。

泣く大人泣く大人江國 香織 by G-Tools

エッセイ集。食べ物の描写がいい。

泣かない子供泣かない子供江國 香織 by G-Tools

エッセイ集。読書日記が面白かった。

神様のボート神様のボート江國 香織 by G-Tools

読んだなかでは唯一泣いた本。いちばん良かったからというより、自分も母子家庭だったからだと思うけど。


ホリー・ガーデンホリー・ガーデン江國 香織 by G-Tools

女友達二人が主人公ってのは本来ねと〜っとしたイメージがあって苦手。でも、するりと読ませてもらった。

きらきらひかるきらきらひかる江國 香織 by G-Tools

ホモの旦那と、精神病&アル中の妻の物語。すごくキュート。

こうばしい日々こうばしい日々江國 香織 by G-Tools

少年、少女がそれぞれ主人公の中短編2本。生意気な子っていいなあ。
| 御本は素敵。 | 02:29 | comments(2) | trackbacks(1) |
瀬戸内寂聴『場所』
場所
場所
瀬戸内 寂聴

先日放映された『女の一代記』シリーズの原作です。
瀬戸内寂聴が過ごした思い出の「場所」が、
訪ねたときのエピソードとともに語られています。
両親の故郷から始まって、51歳で出家する直前に過ごした場所まで
順番に語られていく、彼女の自伝でもあります。

当時の様子と、現代の様子が両方描かれているのが面白かったです。
実際訪ねてみると、その多くは地名も変わり、町の様子も変わっている。
けれども、作者のことを話に聞いている、所縁の人の親族に
思いがけなく出会って案内してもらったり、
思い出の樹木がまだ残っていたりと、完全に風化しきっていない。
その姿に安堵したり、切なくなったり、記憶を確かにしたりしている
作者の語りが正直で、
「女は長生きせんといかんね」と改めて思った私でありました。

痛みを抱きしめたまま生きていく女性というのは
それだけで素晴らしいといいましょうか。
そんなことを最初に思ったのは、そういえば映画『タイタニック』を
観たときだったんですけど。

ドラマでは端折られていた、
涼太、小田仁二郎との三角関係のその後とか、
出家直前に付き合っていた男との話も興味深かったです。
改めて、阿部寛上手かったなあ、と思ったり。

それにしても、自分のエネルギーの低下ゆえか、
「時代についていけない」だの、自分より若い人たちとのギャップだの
を感じるようになってから数年は経つのですが、
私ごときがそんなことを感じるのは、ちゃんちゃらおかしな話だなあと
笑えたりもしました。戦中・戦後を体験してきた世代の人たちから見れば
私が感じているほどの変化なぞ、たかが知れてるですね。
| 御本は素敵。 | 21:42 | comments(2) | trackbacks(0) |
本との出会いのタイミング。
本をそんなに普段読まない人でも読んでたり、
一生の宝物とか言いそうな類いの超・超超有名小説を、
実は私はかなりの確率で読んでいない。

以前、村上春樹との対談本である『翻訳夜話2 サリンジャー戦記』で、
柴田元幸が、『ライ麦畑でつかまえて』、太宰治、『星の王子さま』の三者には、
登場人物なり作者なりのイノセンスにしびれないやつは、
感受性がないと言いたげなファンがけっこういて……

と語っているのを読んだとき、

うぉぉ、私はそれだ!! いや、それ以上だ!! しびれない以前に読んでもねぇし!!

と、へらへら笑いつつ、軽く落ち込んだ覚えがある。
星の王子さまは、「表紙の絵だけは知ってま〜す」の状態だし、
太宰は国語の教科書に出てた作品しか読んだことなくて、
読もう読もうと文庫本だけは数冊持ってるけど、どうも気分が乗らないし、
『ライ麦畑〜』(今や『キャッチャー〜』と呼ぶべき!?)にいたっては、
途中で気分が悪くなってやめてしまった。

しかし。この三者なんぞ、私の「読んでないの? 信じれん?」シリーズの
ほんの序の口なのであった。

はてさて。ここ数日、まったくもって調子が悪くなってきたので、
いや、ここで「ので」と続けるのは間違ってる気もするんだけれど、
とある、超有名な、おそらく「涙なしでは読めない」感動の名作、
私にとっては「お名前だけは存じております。あと、ストーリーもなんとなく」
だった小説を、原書で読んでみた。

これまた何の自慢にもならないが、私は本当に英文科に行ったんですか?
というくらい、英語ができない。
できないので(ここでやっと「ので」の正当化に入る)、
どうせ今は何やっても調子が悪いんだから、英語がわかんなかろうが、
最後まで読めなかろうが、これ以上状態は悪くならないだろう、
という気で読み始めてみた(持ってたんだなあ、「いつかは読まなきゃ」本として)。

読めてしまった。まあ、するする読めたわけじゃなくて、
仕事もしてなくて、時間だけはたっぷりあるのをいいことに、
たっぷり時間をかけてであるが。

でも、読み始めたときに感じていた
「あわよくば読み切ったら、ものすごいブランクの後に
英語で本を読めたという、ちょっとした自信も得られるかも」
みたいな期待は、読了後、見事に打ち砕かれた。
いやそれ以前に、読んでいる最中にも、とっとと放り出したかった。
そのストーリーに、どんどん、どんどん落ち込んでいく一方だったのだ。
最後まで読んだのは、もしかしたら救いがあるかもしれない、という
ささやかな希望のためだけだった。しかし、その希望も叶わなかった。
泣きはしたが、感動の涙などというものとは程遠いと自分では思う。

上手いとは思う。よく描かれているとも思う。
でも、身体的苦痛すら感じるほど、最初から最後まで
どこをとってもあまりにも自分には辛い内容だったので、
正直言って、「読まなきゃ良かった」とすら思っている。
本を読み終わって、「読まなきゃ良かった」と思ったのは、初めてかもしれない。
相性の悪い本と出会ったとき、
「買わなきゃ良かった」「買って損した」とはよく思うけれど、
「読まなきゃ良かった」とはまず思わない人間なんだけれど。

とはいえ、一方で、前述のイノセント御三家じゃないけれど、
この本に「感動」という言葉をどうにもこうにも使う気になれない自分は、
もしかして感受性がないというか、おかしいんかいな、という気もしている。
わかんない単語、適当にすっとばかしながら読んだからかなあ、とも思うが、
だからといって、実はこれまた「いつかは」状態で
買ってあった訳書のほうを読み直す気にもなれない。
あの、えぐられるような苦痛を再度体験する気にはなれない。

経験を積んで、人として熟してくれば、
「感動」できるときが、いつか来るんだろうか。来てほしいわ。
さもなくば、読んだ記憶すらなくしてしまいたい。ほんまに。



というわけで、結局のところ、何を読んだかというと、
その昔(ってほどでもないか)、ユースケ・サンタマリア主演で
ドラマ化されたやつです。あ、そのドラマも私は観てないけど。
| 御本は素敵。 | 13:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
『シッダールタ』。
シッダールタ
シッダールタ
ヘッセ, 高橋 健二

『車輪の下』と『デミアン』の人くらいにしか
思ってなかった私をお許しください。
それしか読んでなかったのに、晩年の写真を見て、「かっこいい爺さんだあ」
なんて思ってた時期(20代半ば)があった私をお許しください。

……とヘッセに謝ってみる。

バラモンの子、シッダールタと親友ゴーヴィンダが真実を求めて旅に出る。
途中、仏陀に出会い、その後に従うのはゴーヴィンダ。
主人公シッダールタは仏陀を、
これまでに会ったことのない完全な人と認識しながらも
そのそばを離れ、町に出る。
そして老いて、再び出会ったこの二人のうち、
悟りの境地に達していたのはシッダールタのほうだった。

小説というよりも、寓話を読んでいるような気分にさせられる作品。
文体はいたってシンプル。展開に驚きはなく、変に物語に慣れた身では
「世の中って、そういうもんだろう」と軽く片付けてしまいそうになる。
でも、深い。世界や人生をアタマで理解するだけでなく、
本当に「腑に落ちる」ところまで行くことの難しさが描かれている。
実際、この作品を「腑に落ちる」ところまで味わえるようになるのには、
きっとすごく時間がかかるんだろう。
折に触れて読み返したいなあ、と久々に思えた本。

改めて。ヘッセ、かっこええ。
| 御本は素敵。 | 21:18 | comments(0) | trackbacks(0) |
祇園の教訓。
祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人
祇園の教訓―昇る人、昇りきらずに終わる人
岩崎 峰子

8月30日の記事に書いた『芸妓峰子の花いくさ』の著者の、別の著作を発見。
あ、我が家の中によ。買った記憶無かったし(読んだ形跡無かったし)、
それより「何故ここに!?」という場所から、
相変わらず、いろんなモンが見つかる我が家。
掃除って、やってみるもんだ(違うだろ。新居探しもだが、片づけも相変わらず課題)。

それにしても、なんでこの本買ったんだろうなあ、と思い出そうとしながら読んでみて、
結局、そのときの気分や状況はまったく思い出せなかったんだけど、
改めて感じたのは、自分にとって「京都」がいかにミステリアスな街かということ。
読み終われば、それ以前より幾ばくかは知識は増えているはずなのに、
やっぱりミステリアスのまま。異国じゃ。
ここに描かれている祇園甲部は、
京都のなかでもまたさらに特殊な世界なんだろうけど。

そういえば、関西出身の友人・知人は何人かいるんだけど、
そのなかに京都出身者はいないし(学生時代や社会人になってから
何年か京都に住んだことのある人はいるけど)、
私自身、小学校の修学旅行と、社会人になって1回だけ関西出張の帰りに
半日だけ立ち寄った以外に、京都に足を踏み入れた経験がない。

この本を読んで、もちろん、京都、それから京都の花柳界に対する
興味はフツフツと沸いてきて、行ってみたくなったんだけど。
しばらくは行かないだろうなあ、と思った。正しくは、改めて
「まだまだ行っちゃいけない」と痛感した。

私にとって、京都って、パリと同格で、
若い頃から、なんだか「似合うだけの格が出来るまで行っちゃいけない街」なのだ。
ここ数年、海外旅行も行ってないけど、海外に結構気楽に行ってた時期も、
興味と関心はありつつも、いつもパリは「いかん、まだやろう」
と毎度選択肢から外してて、そういう気持ちを京都に対しても感じている。

な〜んてことを書くと、
今まで旅行したことのある他の街から
「じゃあ何かい、うちには似合うと思って来たんかい?
あんたがかい? ええ根性しとるやんけ」と怒られてしまいそうだし
(いえいえ、似合うだなんて滅相もない)、
10年以上住んでた東京になんて、「おこがましいんじゃ」と言われそうなんだけど、
うまく言えないけど、なんか「別格」なんだよなあ。パリと京都は。
20代のころは、「30代になったら」と思ってたけど、今や「40歳までには……」
と、「行ってもいい年齢」を引き上げていたりする。……間に合わんかった。
「行ってよし」になる具体的な基準があるわけではないが、
少なくとも、今の自分の状態ではまだ「立ち入り禁止」区域だ。


はてさて。そんな個人的な事情(?)はさておき、
サブタイトルあたりから一瞬期待しそうなビジネス書としての機能なんぞ、
まったく期待せず、京都花柳界の裏事情本、あるいは元芸妓のエッセイとして読めば
この本はまたまた面白かった。

浮き世を忘れる別世界を演出するプロとしての
舞妓さん、芸妓さんの、これまた浮き世離れした日常。
その随所に、たとえば客との、あるいは置屋やお茶屋の裏方さんとの間に
明確な一線というのが引かれていて、その厳密さには恐れ入る。
同じ屋根の下に暮らしていても、置屋の跡取の著者と、
世話役の女衆(「おんなし」と呼ぶそうな)さんたちとは、
使うトイレや洗面所も、食事も違ったとか。
グジなどの白身魚しか食べたことがなかった著者は、初めて鮭を見たとき、
傷んだ色だと勘違いしたほどだったなど、びっくりするエピソードが満載だ。
この見事な純粋培養による無邪気さと、若くして
職業がら人の裏の裏まで垣間みてしまうがゆえの老成ぶりのアンバランスがいい。
それに、舞を始めとする伝統文化の継承者としての顔もあるわけで、
いやはや、舞妓さん、芸妓さんというのは、面白い存在だなあ。

このまま行くと、間違いなく『さゆり』も読んじゃうな。
ん? 映画いつ公開だったっけ?
| 御本は素敵。 | 08:48 | comments(0) | trackbacks(0) |